モディリアーニ、藤田、そしてピカソ...
情熱と憂愁 ―パリに生きた外国人画家たち
フランスの首都であるパリは、古くから独自の文化や芸術をもった歴史ある都市(まち)です。1900年初頭になると、世界各国から数多くの芸術を志す若者が、この都に集まりはじめました。フォーヴィスム(野獣派)、キュビスム(立体派)、そしてシュルレアリスム(超現実主義)など、新たな美術様式が誕生していたこの地に目を向けた世界中の若者たち。エコール・ド・パリ(パリ派)の画家と呼ばれる彼らは、1920年代を中心に活躍し、いかなる流派にも所属せずに、それぞれが自らの作風を求め模索していました。 また貧しい異邦人であった彼らは、モンマルトルやモンパルナスの共同アトリエを拠点とし、疎外感を埋めるように制作に打
エトルリアの青銅とギリシアの壺
2012年4月22日(日)~9月23日(日)紀元前8世紀ごろから約500年にわたり古代イタリアに繁栄したエトルリアは、民族の歴史や言語など、いまだに多くの謎に包まれている地域です。統一はせず、12の都市国家が政治・軍事・祭祀等で協力し、ギリシアやカルタゴと交易していました。その高い文化水準は墓室に描かれた絵画や多くの遺物が物語っています。 また、生活用品としても交易品としても用いられたギリシアの壷には、ギリシア神話の世界や英雄たちの姿、また、当時の人々の生活などが描かれました。 展示室1では紀元前6世紀から5世紀のエトルリア、ウンブリアの青銅像とギリシアの黒絵式壷を常設展示作品と併せてご紹介しています。
《黒絵式アンフォーラ》 (部分) ギリシア アッティカ 紀元前550年頃
神秘のひといろ
-中国の単色釉磁 
2012年4月22日(日)~9月23日(日)
やきものといえば、唐草や人物といった絵付けによる装飾を日常、目にしますが、全面に色を湛えた 釉(うわぐすり)だけの美しさも見逃せません。 宋時代に青磁や白磁が活況を呈したのち、明時代に入ると主流は絵付けによる青花や五彩に取って代わるものの、清時代には色釉の開発に重点が置かれて目覚ましい技術向上により色数が増加、輝くばかりのうつわが創られました。 釉には色や光沢を与えるばかりではなく液体の滲出や汚れを防ぎ、またうつわの強度を増す効果があります。 しかし、やきものの質や色合いは、着色材料となる金属の種類、分量、素地の粘土に含まれる成分、さらに焼成の状態に大きく影響され、変化してしまいます。
(左)炉鈞釉長頸瓶 清時代 景徳鎮窯
(右)火焔紅長頸瓶 清時代 景徳鎮窯
PART.1 フォーヴィスム、キュビスムの画家たち
2012年4月22日(日)~9月23日(日)20世紀初頭のパリには新しい芸術運動が次々と興りました。ゴッホやゴーギャン、セザンヌの作品に影響を受けた若い画家たちは、強烈な色彩の対比とダイナミックな筆遣いで荒々しく野性的な芸術を生み出します。フォーヴィスム(野獣派)と呼ばれた彼らの作風は、多くの画家に衝撃を与える事になりました。 一方ピカソとブラックは人物、風景、物体を単純で幾何学的な立体物に置き換えて描くようになります。キュビスム(立体派)と言われるこの運動は、ピカソの1907年作《アヴィニョンの娘たち》がその出発点だとされ、後に20世紀のあらゆる芸術に新しいインスピレーションを与えました。 この章では一般的にフォーヴィスムに分類
(左) アルベール・マルケ 《アルジェの港》 1942年 油彩・カンヴァス
(右) アルベール・マルケ 《ツーロンの港》 油彩・カンヴァス
PART.2 エコール・ド・パリの画家たち
2012年4月22日(日)~9月23日(日)1910~30年の間、東ヨーロッパやロシアなどから芸術の都パリに外国人芸術家が集まりました。彼らはエコール・ド・パリ(パリ派)と呼ばれ、モンマルトルやモンパルナスに集いアトリエを構えました。 モンマルトルで、画家や詩人たちはドンゲンやキスリングの仕事場がある集合アトリエ バトー・ラヴォワール(洗濯船)を訪れました。モンマルトルが観光地化すると画家たちはモンパルナスに移ります。シャガール、アーチペンコ、モディリアーニなど多数の画家が集まり、共同アトリエ ラ・リュッシュ(蜂の巣)で制作を行いました。 この章ではモディリアーニや藤田嗣治、キスリング、シャガールなどエコール・ド・パリの画家たちに
シュザンヌ・ヴァラドン 《コンピェーニュ近くの古びた製粉所(オワーズ県)》 1914年 油彩・カンヴァス
- カラフル
-- - 2012年10月3日(水)~12月19日(水)




